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映画『バズ・ライトイヤー』ネタバレ感想 トイストーリー愛がない大人にこそ

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映画『バズ・ライトイヤー』ネタバレ感想 トイストーリー愛がない大人にこそ

grayscale photo of man sitting on brown wooden bench reading news paper during day time

映画『バズ・ライトイヤー』の3枚の看板

1.ピクサーの歴史を作った『トイ・ストーリー』シリーズの系譜につながる最新スピンオフ。

2.『トイ・ストーリー』のおもちゃの主、アンディ。無印『トイストーリー』は彼が最新おもちゃバズ・ライトイヤーを手に入れ、それまでNo.1の親友だったウッディの地位が揺らぐところからドラマが転がる。本作は、そんなアンディがバズを「欲しい!」と思ったきっかけの映画をそのまま上映したというテイの話。

3.近年、自媒体『ディズニー+』からの配信メインだった、ディズニー/ピクサーから約2年ぶりの劇場公開作品。

【高評価】想像していたよりずっとSFですうごく面白かった

吹き替え・通常スクリーン@TOHOシネマズ仙台で見た。
やるなあピクサー。

どうやら北米では興行収入は奮っていないと聞くし、日本でもそんなに盛り上がっていないので期待せずに見に行った。

7/1には同日公開で『リコリス・ピザ』『エルヴィス』などがあり、俺はむしろそちらを優先して観た。

でも、結果として、そのなかでも『バズ・ライトイヤー』がいっとうお気に入りだ。

俺は子どもなのだろうか?

【好きポイント1】メッセージ性の「どうとでも取れる感」が良かった

俺から見て、バズライトイヤーという人間にはさしたる欠点はなく、ただただ超人的な意思を持ち、理想的な意味での「The man」としてトライを重ねているように見えた。
もちろん「背負いすぎ」「一人で何でもやろうとする」という部分はわかりやすく描かれているのだけど、それだって従来のそういうやつほど独善的じゃないし、ホーソーン(孫)たちはそのせいで結局当初は足を引っ張っていたわけだし。

要するに、ストレスが少なかった。

物語の登場人物の欠点やうかつさを許せないのは俺が狭量な人間だからかもしれない。

本作のバズは明らかに「自分だけで何でもやろうとする」という欠点を持ち、そのせいで見知らぬツタに支配された惑星にスペースレンジャー一行は足止めされ、また老バズという本作におけるヴィランが生まれてしまう。

でも、俺は老バズも含めて「別にいいやん。これもひとつの正義やん」という立場である。

子どもたちに見せる物語である以上、「自分一人で物事を進めようとすべきでない」「過ちが大切なものを生むこともある」「大切なのは任務ではなく人々の心に生まれたもの」的な帰着はあるが、別にそれは絶対的なものだとも思わない。

自分一人で物事を進めた方がスピード感を持って良い結果が得られる場合もあるし、過ちは多くの場合マイナスの方が多いし、任務が果たされなければ奪われてしまうものも少なくない。

トリアージが迫られたとき、決断できるのは人の気持ちがわかる人間ではなく任務に忠実なロボット人間だ。

平たく言えば、正義VS別の正義という話で、あくまでスピンオフという軽さも手伝ってメッセージ性が「どちらともとれる」範囲に収まっているのがよかった。

【好きポイント2】自分と任務が一番重要なものの孤独と人生の取捨選択

もうひとつの好きなところは「自分と任務が一番重要なものの孤独」。

なんども光速での移動を繰り返すバズは、一回のテスト飛行ごとに4年の時の経過を経験し、不時着した惑星にて、ほかの仲間たちを置き去りに、一人だけ未来へたどり着き(ワープを繰り返し)、ついには相棒アリーシャ・ホーソーンにも先立たれてしまう。

ウラシマ効果により、大切な人を(体感として)早くに失ってしまうことの切なさは、『ほしのこえ』など日本アニメ的な情緒にむしろ満ちており、セカイ系な俺はじんとさせられる。

見知らぬ星に不時着し、高速移動するためのクリスタルエネルギーを失ってしまったバズ一行。バズは全員をもとの星に返すため、現地の素材を用いて精製したクリスタル・エネルギーによる実験を繰り返す。 引用元:https://www.youtube.com/watch?v=ZDLzhpM2hKU&t=18s

バズにとって他者や仲間は大切な存在だが、任務に比べて優先度が低い。

取捨選択の果てに肉親よりも自身のアドレナリンやミッションを優先してしまうというのは、2年に一遍くらいしか帰省せず、昔の友達ともだんだん疎遠になってしまった今の俺たちと同じである。

自分でほったらかしにしていたくせに、久しぶりに会ったらずいぶん年老いてしまっていて、死んでしまって、涙を流すのだ。

『銀幕にポップコーン』にて、ANAIS(フリーライター)さんが「これはアニメーターのあるあるから着想を得たらしいです」(アニメを作っていると気が付くと4年くらい平気で経っている)と話していたが、より普遍的に、怠け者の俺でも共感できた話だ。

同時に「思うような人生を歩めず、後悔もあったがその道中で生まれた出会い(ホーソーン孫やソックスたち)は無駄ではないよ」という光のメッセージもある。

そちらについては色んなとこでよく見た奴なので、あまり心に響かず。

「やっぱり全部欲しいよなあ」と思うが、その欲望の肯定が「罪は許されスペースレンジャーが組織される」という最後のご都合主義な展開につながったんだと思う。

ああ、だからあそこまで都合よくても腹が立たず受け入れられたんだなあ。

【謎】老バズが発生する理由についてよくわからず

ハイパー速度で移動するたびにバズが生まれているなら、あと1人以上はバズがやってくるのではないか。

メタバースって近年イナゴの大群みたいにMCUでも日本アニメでもあふれかえっている。だから、あまり説明せずに導入してもカジュアルに受け入れられるだろ、と判断された感。

他にバズのスーツはロケットくらい高速で動けるのかよとか、惑星に放置されていたスーツの保存状態が良すぎるとか、ツタのシーンはギャグで許されていたけど危険すぎんかとか、そりゃ重箱のすみをつつけば色々と埃や陰毛は出てくる。

でも登場人物の心理的な面にあまり矛盾がなかったからそこは許せた。

SF興味ない族だからかも。

【気付き】『ミラベルと魔法だらけの家』『1/2の魔法』との共通項

宇宙恐怖症のホーソーン孫がバズのために決死の大ジャンプを行う。

その前に劇場で見た『ミラベルと魔法だらけの家』では、家族の秘密を突き止めるために、ミラベルが崩れ去る砂の道を渡る。

その前に劇場で見た『1/2の魔法』では、兄と父のためにイアン・ライトフットが不安定な桟橋を渡る。

この「A地点からB地点」へ渡ることで勇気を示すシーン。さすがに「ディズニー・ピクサー」で繰り返され過ぎではないだろうか。

これは絶対的な子供向け物語の成長メソッドだから何度繰り返してもいいという考えが共有されているのだろうか。

というただの疑問。

まとめ

『トイ・ストーリー』シリーズにもディズニーにもSFにも大した思い入れがなかったのがかえって良かったのだろう。

期待値が下がった状態で見ると、純粋に大人向けのメッセージがあるハイクオリティな3Dアニメとして楽しめた。

加えて、かまいたち山内のソックス役はすごくよかった。

俺は、最後までだれかわからず、ただただ「かわいいな~ソックスわ」と思ってみていた。

『モンスターズインク』のマイク(爆笑問題田中)以来の、子供向けアニメベスト芸人声優キャスティングではないか。

体型も似ている。