ヘルタースケルター──前半、後半、ダサ ※ネタバレ
目次
Filmarks感想
沢尻のパイオツが拝める整形の映画で岡崎京子原作、くらいの認識で原作ファンとみた。いわくネット上の評判は悪いらしい。
序盤は思った以上に荒唐無稽な設定と大森南朋のキャラについていけず、つまらなくもないけど何か冷めるな…と距離感を持ってみていた。りりこの過去がわからないし、初めからすでに転落の途上にあるので感情移入しづらいのだ。
中盤、楽しめた。なんだかんだいって色彩の暴力みたいな画作りはすきだ。羽田ちゃんの彼氏役の綾野剛はチャラい男じゃなくてもっと普通のやつで普通の幸せをつかんでたのにりりこにめちゃくちゃにされてしまうという方がドラマ性が深くなるんじゃないのーと疑問を呈したら、そこは綾野剛がチャラいことで羽田ちゃんの流されやすいダメ女っぷりが際立つ効果を狙ってるからいいのだといわれた。
さて、問題はよく感想で言われているとおり小坂大魔王司会の番組でバッドトリップしてしまうシーンのクソダサ演出だ。いくら7年前の映画といってもクライシスシーンにスローで第九を流すというのは古臭すぎる。ファンは「エヴァ破みてえ」と言っていた。俺は見ていない。燃えそうなので何とも言えない。
ほかに気になった点としてギャルがあまりにも古臭いこと。90年代の古いギャルの設定なのかなと思ったがスマホを持ったりしている。そもそもりりこみたいなモデルはギャルのターゲット層なのか。もうちょっとリサーチしたうえで映画に取り組んでほしい。概念としてのギャルであるとしても。
沢尻エリカのトリップ後やキレているときの演技は後出しじゃんけん的にいい演技のように思えたが、屋上で「もうやれない~~」と泣いているときは「このへたくそめ!」と思った。後序盤も普通の声の出し方というより無理に低く出しているような声で違和感があった。
桃井かおりはすごくよかったと思う。文句言いつつも劇場で見ても平均してまあ金出した買いはあったなと思えたなというくらいには楽しめた。過去は材料として断片的に出すだけで話をりりこの暴走にフォーカスするのが自分的には予想外だったからかもしれない。序盤でもう崩れそうだったからこれ、どうやって話持たせるんだと思ったんだよなあ。
Story
女優・モデルのリリコは整形モンスター。オリジナルの部位は"目ん玉と爪と髪と耳とアソコだけ”。顔の綻びに怯えるリリコの前に完全オリジナルの後輩コズエが現れる。荒れるリリコはマネージャー多田の彼氏に迫り、同時に検事麻田は整形病院を追求する。
前半と後半──プラスとマイナス
岡崎京子の漫画を全然読む気にならない。というか、オシャレ漫画が苦手だ。単純に、コマ割りが凝りすぎて分かりにくいのだ。プログレしんどい。3コードのロックを聴かしてくれよ。
だから、家に漫画があるにも関わらず、読まず、自宅のリビングにて視聴した。
前半と後半でプラス、マイナス両方の評価が両方大きく変わった。
【前半】
プラス:展開が早くて眠くならない
マイナス:リリコがリリコに成るに至った背景が分からないので感情移入出来ない
【後半】
プラス:話が予想外の方向に転がった
マイナス:世界観の設定のツメが浅い。音楽づかいダサい。
前半―リリコに共感できんが展開早いのは長所
前半はいきなり、リリコと窪塚洋介のセックスからはじまる。すでにリリコは自分の美の終わりが近いことも悟っているご様子。
整形美人の話として思い出されるのが言わずと知れた名作『ブラックジャック』の「スター誕生」。
人気女優の杉並伊草はブラックジャックによって造られた整形美人であった。
この映画は、端的に言うとブラックジャックのいない杉並伊草がキャリアの下り坂に差し掛かった状態からはじまる。
だから展開は早い。早いというか準備がないんだもん。フリーザ星からはじまるドラゴンボールみたいなもんである。
しかし、その分杉並伊草=リリコは辛い役目を負わされる。整形によって全てが変わった喜び、180度変わる周囲の態度、見返される田舎のマドンナ──といったご褒美がないのだ。そして、主人公はいつだって観客の感情の入れ物である。
満足さしてくれない!
そんな未消化感で「面白い??」と半疑問符を抱いたまま、それでも展開の速さに追い立てられ、後半へと作品を見進める。
賛否両論ある蜷川実花の美術、主にリリコの部屋、もこの時点では俺は好きである。
後半─リリコの内面にもっとフォーカスせい
後半をどこから、という問題があるが、俺はリリコの妹からの手紙が届いたシーンを後半の始まりとしたい。
再度繰り返すが、この映画は普通の物語で言えば「後半」から始まっている。
通常物語は「主人公が問題を見つける→問題に挑む→主人公側の問題点が発覚する→挫折する→挫折から立ち直る→問題解決とも失敗とも違う新たな回答に到達する」といった流れで結末へと向かうのだが、ヘルタースケルターは「問題が発覚する」の状態で話が突き進む。
そしてその問題は解決に向かわない。
だから、後半の始まり、起承転結で言うところの「転」は、これまでの問題─整形のほころび─ではなくリリコの過去の広がりによって生じるのだ。
ブスの妹と花畑で出会ったりリリコ、多田ちゃんの彼氏を寝取り、多田ちゃんの心を寝取り、敵の討伐に赴く。
あえて言えば、ここが主人公の「問題解決パート」だろう。
しかし、問題解決法自体が問題なので、当然そこから話は広がらない。
リリコはバッドトリップ──薬物の悪反応あるいは最悪の旅──に向かうことになる。
その旅の集大成がTVの前での醜態なのだが、これがダサくて吐き気がする出来である。その後に流れる「蛹化の女」も絶妙に映画の雰囲気に合っていないし、あゆだって……。いや、あゆは現状のスキャンダラス性とかその実像からしてヘルタースケルター、沢尻エリカにある種オーバーラップするところがあり、また その歌詞のメンヘラ性もしっくりくるはずなのだが……『evolution』は違うでしょう。
個人的には『Dearest』とかが良かった。
登場するギャルもひどい。2012年でもあんなギャルいねーよ。
連載当時感を出したいのかと思いきやみんなスマホは持ってるし。
どういう了見なんだ、蜷川実花は。
さて、それでもよかったのは結局この、物語が終わったところからどう転がしていくかというストーリーテリングに独創性があったからだ。ひたすらリリコの内面の話になっていくのに過去は語られない。過去でなく、今のリリコの焦燥が描かれ、リリコのバッドトリップに我々も振り回される。前半では過去がないことで共感性がそがれていたけど後半になるとお釣りがたまっているので、こちらも感情移入できるわけですね。
だからこそ、もはやリリコ以外の世界は広がっていない。自己完結の世界にもっとフォーカスしてほしかった。
もちろん原作もそうらしいから仕方ないし、最後のカットの切れ味は抜群で、そのためには多少外部を描く必要もあるのは確かだと思うけど。変に「謎の組織が……」みたいなのってやっぱり冷めるよなー。
しょうがない
俺はいつも映画を見るとき不遜にも俺ならもっとこうするのになーと思ってみる。ていうかみんなそうやってみてるだろ知ってるぞ。でもそれには技術とか予算とか人間関係とかの制約がついてなんにもできないんだろう、実際は。
その意味で言うと、まあ仕方のない作品だった気がする。
こういうヴィレバンの奥に必ず一冊はあるような作品のファンって色々めんどくさそうだしね。
ジャングル系のパッションあふれるツッコミ。
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