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蜜蜂と遠雷(映画)―うまくまとめやがって ※ネタバレ

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蜜蜂と遠雷(映画)―うまくまとめやがって ※ネタバレ

蜜蜂と遠雷映画ポスター

Filmarks感想

ピアノの出てくる映画では「この手はピアニストのものなのか役者本人のものなのか」どっちのものなんだろう?と目を皿のようにして継ぎ目を探してしまう。
そんな性格の悪い観客です。

原作は未読なので映画のみの感想。

性格の良い一般人の役を演じているときの松岡茉優の呼吸がキライだ。
今回のブルゾンちえみに代表されるようにビミョーに演技に覚えがある俳優は腹から声を出し過ぎる。それがいかにも演技演技しすぎて好きではない。
上手な映画俳優はマイクに入るのに普段の話し方のしゃべり方ができる。松岡茉優はそこまで達している。
しかし、その弱弱しさがなんかいまいちリアルでなく感じる。
というかニンに合っていないのだ。
だからこそ、ピアノを弾き始めてから、特にラストの黒いドレスをまとっての演技はきらめくようだった。

今回の映画で一番好きだったのは松坂桃李。特に敗北してからのインタビューでの演技。あの声の絞り方が大好きだ。

鈴鹿央士はいかにも天才。ピアノを弾く全身像のシーンも一番多かったように記憶するが、まさか自分で弾けるのか??(知らない)

森崎ウィンは役割をきっちりこなしていた。優等生。今回の役どころと同じように。

『春と修羅』~『最終コンテスト』の間、ちょっと間延びした感があった気がする。
だけど演奏それ自体を見せた結果、真の意味でノンバーバル、世界に出して恥ずかしくない作品になっていたと思う。海外の観客の感想が知りたいな。

Storyなどは以下の小説版感想で

映画と原作の違い

映画の後に小説を読んで、さらに感想を。

小説を読むと映画を読み返したくなった。当然ながら小説の方が背景情報が多く、個々の曲における登場人物の心情や効果がはっきりするからだ(もちろん曲内用の変更はあるが)。

やはり映画はかなりそぎ落とされている。一本の長編小説を2時間にまとめるのだから当然だけど。

そぎ落とした結果、

①亜夜が明確に主人公になり

②明石の関係性がより親密なものに(そのせいで少し不自然でもある)

③奏がいなくなり

④コンテストは2回戦より開催

⑤風間塵は生け花家の家に居候せず

⑥三千代・ナサニエル、亜夜・マサル間の恋愛話はなくなり

⑦指揮者が曲者になった。

①・②・③・④・⑤の要素については小説では必要だったが一本の映画なら蛇足になってしまう部分だったと思う。

⑥については原作でもなかった方がよいくらいだ。映画というコンパクトな題材になったことでよりテーマ性がブラッシュアップされたといってよいのではないか。

⑦については映画で足された部分。言葉を尽くせない分本選をそれまでと差別化する意味で行われたのだろう。

風間塵が原作より天然を脱してちょっとかわいい若い天才という派に②なっていたのも俺には好感だった。

原作の風間塵ちょっとサヴァンすぎんか?

コピーについて

映画のコピー、「私はまだ、音楽の神様に愛されているだろうか?」

原作に出てくる文だし、亜夜を主人公にするなら一見ベストチョイスだが

ことこの作品にとって適した言葉だろうか?

別に亜夜が復活するかどうかは作中ではさしたる問題ではないのだ。

明石が2次予選落ちしたことがさしたる問題ではないように。

それよりも、天才たちが交歓をとおして世界と音楽の価値に気づく、あるいは価値を表現できるようになることが重要なのだから。

もっとなんかこう…あるだろう!

 

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