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アイリッシュマン──途中で寝た人間の恐怖の感想 ※ネタバレ

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アイリッシュマン──途中で寝た人間の恐怖の感想 ※ネタバレ

Filmarks

とりあえず、長いは長い。
上映前に覚悟していたがそれでも長く、途中の場面ではついつい眠気を誘われてしまった。

しかも、時系列が現在→回想→回想の過去と入り組んでいる。そのうえロバートデニーロが30代から70代まで演じているのでどれがどの年代かいっけんわかりにくい。さらに、デニーロ演じるフランクは何せ基本的にまともな人間にみえるのでキャラとしての派手さもない。

かようなウィークポイントを抱えながらも見ていられたのは、画作りの華麗さに他ならない。なんというか、映画を見ているなあという感じがする。

物語後半になってようやくフランクの異常さがわかる。殺人マシーンでありながらその行動原理に何ら異常なところはない。ただ、命じられたイヤなひと仕事として殺人を遂行する。その中にはボスの誤解もある。それでも仕事だからやる。

そうして積みあがった先に懺悔と孤独だけが残る。「本当の終わりは迎えたくない」「少しドアを開けておいてくれ」。人生の総決算を振り返った時何も残っていない。その公開からアイリッシュマンは筆を執り、ジミー・ホッファの殺害を吐露したのではないか。もしくはそれが嘘だったとしてもその背景にあるものにそう違いはないだろう。

一日一日悔いのない生き方をしようだなんてありきたりのお題目は通用しない。孤独と悔恨は否応なしにきっと人生の終着点で俺たちを迎えに来る

これはマフィアの話だが、いつか罪の償いをしなければならないという点では俺の骨の髄まで通用する話なのだ。

とはいえ中盤眠かったので3.6点!

Story

アメリカ史の闇の一つ、絶大な権力を持つ全米トラック運転組合のボス、ジミー・ホッファの失踪・殺害。

その犯罪に手を下したのは自分だと告白する手記が、フランク“The Irishman”・シーランによって2004年に著された。

本映画はその、フランク・シーランの殺し屋としての人生を追った、“巨匠“マーティン・スコセッシによる映画化作品である。

Netflix資本による制作・配給や、ロバート・デニーロ、アル・パチーノ、ジョー・ペシ、レイ・ロマーノら大御所俳優の共演、最新鋭のCGによる俳優陣の“若返らせ”が話題に上った。

寝たしあんまり覚えてない

「評論家は永遠に作者を超えることはない。根本的に0から一を生み出したものに後から乗っかる存在にすぎないのだから」

かような言説が評論に対する一つの美学として流布しているが、俺はあまり同意できないと思っている。

・とどのつまり、面白い方が勝ち。作品そのものよりも面白い評論はありうる

・そもそも完全な0→1は存在しない。批評的な映画と創造的な評論はもはや区別がつかないはずだ。

かような根拠があるわけだが、ことこの映画に関しては俺は存分に見下されてもしょうがない。

上映中に20分ほど寝てしまった

・見てから1カ月弱経過したのであまり作品の内容を覚えていない。

上記のような失態を犯しているからだ。その分際で採点すな!

寝てしまったのはフランクがラッセル・ファブリーノの部下になってからシミー・ホッファとどんどん仲を深めていく過程である。

まどろみから覚めたらフランクが全米トラック協会の支部長となるようジミー・ホッファに口説かれていた。

正直、ここまでを見ないと話の肝が全然わかりはしないのではないか?

最後の「ドアは開けておいてくれ」のくだりもこの間にフランクとジョーの信頼関係が芽生えたエピソードと呼応するからこそ響くわけでしょう?

もっかいネットフリックスで見ろよという話だが、そこまでする気にならない。

Amazon Prime Videosで見たい作品を全然見られてないのにNetflixに登録するという贅沢はヒモ人間には許されないのではないかと思う。

覚えてるシーン―いつかアイリッシュマンになってしまう

・初めのほうでフランクがラッセルに車を修理してもらった

・序盤、トラックに盗んだ冷凍肉が積まれていなくてフランクが怒られた

・中盤、フランクが全米トラック協会の支部長になった。

・ジミー・ホッファとトニー・プロが遅刻したしてないの件で喧嘩した

・フランクがジミー・ホッファを殺すために家まで。後部座席は魚臭いので前に座れと言われたが後ろに座ると言い張った

・後半、フランクが自分の棺桶を買いに行っていた

これだけの情報で読みとったアイリッシュマンはもてもて男フランクを中心にしためんどくさい男たち―ラッセル、ジミーら―のドタバタ愛憎ドラマである。

各々権力に執着し、モメごとを興したり他人に無理強いしたりするが、フランクは常に欲を持たないように見える。

ただ今の暮らしを保ちたいから、もしくは依頼されたからやることをやるだけである。

真に冷血漢だが、その冷血漢ぶりが静かなるモテ男というキャラクターを俺に印象付けた。

フランクは常に何かを手に入れようとはせず、ただあるものを守るために殺しに手を染めてきた。

しかし、そのア・プリオリ(先験的)な「大切なもの」も後半では失ってしまう。

自分の手で葬り去ったのではなく、娘たちの方から離れてしまったというのがポイントだ。

フランクは思い通りになるものだけを思い通りにし、それ以外は流れに従って生きていた。最低限の生きる欲望のための全自動殺し屋人間だ。

しかし、本当はこの世に思い通りになるものなど何一つないのである。

思い通りにしようとしなければ

ジミー・ホッファのように大きな欲を持つ人間は時期に破滅してしまう。しかし、フランクのように欲を抑制して生きてきた人間もいつ盤石と考えられた基盤を失うかわからない。大切なものはじわじわ失われていく。

すべてのアパシー(無気力)人間への悲惨な未来予報のようだ。

今日も今日とて何も欲しがらず、それゆえ働かず暮らす俺は恐怖を覚える。

いつか、アイリッシュマンになってしまう。

 

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