音楽 <乾燥・感想・雑記>ー天才と怠惰 ネタバレ
本当の天才とは怠惰であると常々僕は思っている。
著名な人たちが天才ではない。という話ではなくて、
本当の天才たちは、頭が良かったりして、限界を感じたりするのも早い。
よく芸人は続けることも才能だという。
例えばBECK、バクマン。のような
王道サクセスストーリーは、続ける才能があるやつの話である。
この「音楽」は続けることが下手なやつの天才の話だと思った。
あらすじ
これまで楽器と縁がなかった不良学生の研二、太田、朝倉は、思いつきでバンドを結成する。ある日、彼らのバンド“古武術”は、“古美術”のメンバーである森田から“坂本町ロックフェスティバル”への出演を提案される。
研二は街で一番ケンカが強くて、ゲームも強い、一目置かれている存在である。
そんな彼がたまたまひったくりをおいかける通りすがりのミュージシャンに楽器を預かったことから、
なんとなくバンドを組んでみようと思い、音楽室から適当に持っていける分のフロアタムとスネアドラムと、ベースをかっぱらって研二の家に帰る。
「こっち(ギター)の方は家にあるよー」と言うものの、家に行ってみるとそれはベースであり、
ベース2本にスネアとフロアタムという玄人には思いつかない奇妙な3ピースバンドを結成する。
ここでなんとなく街裏ぴんくの蕎麦を思い出した。
天才・研二はなんとなくのしっくり感を覚えて、以降バンドに燃える。
劇中で見る限りはゴリゴリインストの海外でウケそうな音楽である。
バンド名は朝倉の親戚がやってるから「古武術」
ここの適当な決め方はミッシェルガンエレファントばりのかっこよさであった。
チバの友人(結成当時のベーシスト)が、ダムドのアルバム『マシンガン・エチケット(英: Machine Gun Etiquette)』の筆記体で記述されたアルバムタイトルを読み違えたものを、そのまま採用したことが由来。
そののち研二は学内にいた「古美術」というバンドメンバーの、音楽オタク森田に褒められたことを有頂天にしてしまったのか、イベントに誘われたのに飽きてしまう。
ここが天才故である。
そのあとは無事イベントに来るのだが、ベースはぶち壊して縦笛で沸かす。
最後のシーンでは彼はバンドをやめてしまっている。
天才はやめてしまうのかしら。
研二と似たように
アメリカとイギリスに似た天才で飽き症な二人がいる。
ダニエル・ブランバーグ
元Yuck、元Cajun Dance Party
まずCajun Dance Partyは
デビューシングル『ザ・ネクスト・アンタッチャブル』が音楽誌で話題となり、NME誌グラストンベリー特集で「2007年、良かった新人ランキング」でいきなり1位を獲得、2007年、争奪戦の末わずか16歳で名門XLレコーディングスと契約した5ピースバンド。
二枚目を待たずして解散、
そしてYuckに、
来歴
2009年にイングランド、ロンドンで結成。
2011年翌年の2月に1stアルバムでありセルフタイトルでもある『ヤック』をファット・ポッサムよりリリース。翌年の2013年4月にフェイスブック上でブランバーグのバンドの脱退
今は本名名義で音楽の先みたいなのをしている。
昔のキッズは置いてけぼり現代音楽に膝まで漬かってる。
ジョン・ケージ、4:33のトリビュートでは街の喧騒にディストーションかけたり。
やりたいことやろうぜのスタイル。
本国でどんな立ち位置なんや、
ケイジャンダンスパーティの時は言っちゃえば、アクモンくらい期待されてたし、
Yuckの時もまた組みなおして良いんかよ!ってなってたのだ。
今の彼はキャッチーなメロディだったり、ポップソングはどうでも良いのかも知れない。
もしかしたら最初からだったのかも。
クリストファー・オウエンス
幼年期をカルト教団チルドレン・オブ・ゴッド(現・ファミリー・インターナショナル)で過ごしたクリストファー・オウエンス(Christopher Owens)は、16歳で教団から逃亡しスクワット生活をしながらパンク・シーンに没頭するようになる。その後サンフランシスコに移り住み、チェット”JR”ホワイト(Chet “JR” White)と音楽を作るようになった[1]。
2009年、1stアルバム『アルバム』をTrue Panther Soundsからリリース。インディー・シーンから高い評価を受け、音楽メディアが発表する年間ベストアルバムのリストにてSpin誌で5位[2]、ピッチフォークで10位となった[3]。
2010年、EP『ブロークン・ドリームズ・クラブ』をリリース。
2011年、2ndアルバム『ファーザー、サン、ホーリー・ゴースト』をリリース。前作を上回る高い評価を受け、海外メディアのアルバム・レビューでは軒並み高得点をたたき出した。各メディアの年間ベストアルバム・リストではSpin誌、ピッチフォークで5位[4][5]、Paste誌で13位[6]、NMEで26位となった[7]。
2012年7月2日、クリストファー・オウエンスがツイッターで「個人的な理由でガールズから離れる」と発表した[8]。
この曲は大名曲と言っても過言ではなく、
彼の音楽はandymoriや踊ってばかりの国など、シティポップ前夜のバンドにも影響を与えている。
オウエンスも解散したあと、ソロやったり、
「Curls」というどう頑張ってもかする名前のバンド作ったりである。
なんだったらサウンドもかすってる。
もちろんソロも良いし、二枚目とかたまに聴くけど
日本では今何してるっけ?と能動的に動かないと全く情報が入ってこない。
でも彼にはワーワー言われるよりそれが良いのかもしれない。
この二人はもしかしたらとんでもない大スターになっていたと思っている。
ただ飽き症であちこちうろうろしてしまうのだ。
良い大人に出会わなかったのかも。
バンドが出来なくて協調性がない方が天才っぽいし。
そんな彼らが好きだしこれからも追いかけたい。
飽き症で言えば牛女の佐野さんも、
相方のしらす曰く、お笑いを全クリしてしまい活動をやめてしまっていたが、
去年何かのライブのラインナップに名前を認識したので戻ってきたのかもしれない。
牛女・佐野さんも似たようなあれがあるのかもしれない。
天才は実は近くにいっぱいいるのかもね。
研二も普通の仕事につくのだろうかとか思いながら、
電車で帰った。
okamoto kensetsu
ジャングル系の。