『市民ケーン』感想──82点 ズルない?
レジェンド革新的新聞王の半生追及人生振り返り映画『市民ケーン』を見た。
Netflixで『市民ケーン』の脚本ができるまでを描いた『マンク』が公開されたので見た方がいいかなと思ったのもあるが、でも結局『マンク』は見ないかもしれない。
『市民ケーン』の監督・主演は当時25歳の天才オーソン・ウェルズ。主人公ケーンは当時の新聞王ウィリアム・ランドルフ・ハーストをモデルにしている。
ハーストをいじったせいで『市民ケーン』はさまざまな妨害工策を受け、アカデミー賞を逃し、興行的に大失敗してオーソンウェルズもあんまりちゃんとした映画を撮れずに遺作はトランスフォーマーの声優になってしまったらしい。
目次
全体の感想──ケーンについての誤解
だらだらとスマホで見た。
あんまりちゃんと見てなかったからケーンは正義感だけど理想に燃えて人を愛することができないロマンチストタイプなんやろなア、人を愛せないその気持ち、わかるデ、、、と思いながら見ていたが、ハーネスがモデルとなった件とか戦争煽った件とか調べてみたらだいぶそもそも悪人やないか!
そのあたり、どうして誤解してしまったのか見返したい。
(ケーンの孤独や美点も描いていたと思うので俺のケーン像も大外れというわけではないと思うけどそれにしても仕事にはまじめな男だと思っていた。)見損なったぞ!ケーン。
この映画はさまざまな技術的進展を生み出したことで現在でも馬鹿みたいに認められている。
俺が最もおお、と思ったのはオペラハウスで二人目の嫁さんが演技を披露し、そのカメラが、グーっと上にパンしていくところ。
ほかにもっと細かくもっとすごいところがあるんやろうけど、今の俺の目線で見たらこんなもんやわな。
──というわけでそこに現代の物差しを持ってくるしかない時点でそんな正当な評価ができるわけがないんや
というわけで俺の目線が向くのはケーンという人物のキャラクター造形になる。
「あなたは私を愛することができないのよ・・・!」と糾弾されて「ぐぬ」となるケーンの姿には「なるほどケーンはずっと欠落を抱えてたんやなあ、正義感ぶってたのもそういうわけか・・・」と納得したのに、ケーンがそもそも悪党だったとしたら何なんだこの話は。
政治家として出馬したときも「労働者のために・・・・!」とかいってたのに。
あいつに投じた心の一票かえさんかい!
オペラについて
二人目の嫁さんがオペラ歌手としてへたくそというのもそんなにピンとこなかった。俺は音感が雑なんだろうか。
別にあれでそんな馬鹿にしたもんでもないよと思ったんだけど。
ケーンが彼女に歌うことを強要したのはやっぱりケーンは本気で彼女を「絶世の歌手」だと思っていたからだと思うんだよなあ。
初回の記事に関してボロクソの評論をそのまま生かしてるわけで、「世間的にはそういう評価でしょうよ」ということもわかりつつも自分にはわかる「魅力」が才能に化けることを信じていたというか。
オペラのよさはマジでよくわからない。
トッププロとかうますぎて下手やろあんなん。
生で見たらびっくりするんかな。
バラのつぼみという結論、ずるない?
バラのつぼみが幼少期の幸福な思い出だとすると、ケーンはその未熟さを愛すことに取りつかれ、それを2番目の妻に求めたということかもしれない。彼女には明らかにネオテニーなところはあったじゃない。
最後に、裏に「バラのつぼみ」と書かれた幼少期に愛用していたソリが燃えるカットが挿入されたから、そういう解釈が一般的らしい。
でも、「人の全貌を一つの言葉で説明できるわけがない!」ともっともらしく話したその直後に「まあ、正解のいったんはこれなんですけどね」としのばせるのってなんかずるない?
いったんソリ、幼少期の欠落が答え!と決めて、そこで「あれ?これなんかしょぼいな」と思って結論はぼやかして、視聴者に説教かまして終わらせることにした感じがする。
おい、オーソンよ。
そうだろう?
気になった面白ポイント
ザナドゥー城はすごいのかもしれないけどもうあれはドラクエの魔王が住んでるところやん!と面白くもあった。
そらあんなとこ住んでたら嫁はんもジグソーパズルしかやることなくなりますわ
ジャングル系のパッションあふれるツッコミ。
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